(1) 新潜戸・旧潜戸

加賀(かか)の潜戸(くけど)の位置

 

島根県松江市島根町の日本海に面した潜戸鼻には、「加賀の潜戸」(かかのくけど)という景勝地がある。
ひと口に潜戸というが、『出雲国風土記』(733年)に載っている、佐太大神(さだおおかみ)の誕生の地である新潜戸(しんくけど)と、賽の河原がある旧潜戸(きゅうくけど)の二つの洞窟で成り立っている。

 

新潜戸と旧潜戸の位置

 

佐太大神、加賀潜戸、猿田彦命

 

 

行った時には気づかなかったが、地図で見ると、新潜戸は、なんだか象の口みたいな形の場所にある。

 

佐太の大神が誕生した古い洞窟なのに、なぜ「新」潜戸?

 

新潜戸は神が誕生したので「潜戸」で、潜戸が「仏の潜戸」とも言われているらしい。音読みの「シン」で神→新になったという語呂合わせのような気もするが、さて、どうなのだろう。

 

寛政4年(1792年)の「島根郡西万差出帳(しまねごおりにしさしだしちょう」には、「潜戸一か所、古潜戸一か所と記載があるところを見ると、当時は、新潜戸は「潜戸」、旧潜戸は「古潜戸」と言われていたようだ。

 

それから「古→旧」に転化したのではないかと思える。

 

また、旧潜戸は、「ふうくけど」とも呼ばれていたそうなので、「ふう」とか「ふる」に当て字で「古」が当てられたんではないかなどとも思ったりもする。

 

ところで、新潜戸と旧潜戸の違いは、構造的にはどういう違いがあるのか。

 

 

 

コトバンクの地名辞典による説明では 

 

 

“ 島根県の島根半島北岸、島根町潜戸鼻にある景勝海岸。海食を受けた洞門の新潜戸と洞窟(どうくつ)の旧潜戸からなる。 国指定の名勝・天然記念物。大山隠岐(だいせんおき)国立公園に属し、遊覧船で探訪できる。加賀(かか)の潜戸ともいう。”

 

どちらも海食を受けた洞窟なのだが、新潜戸は、海中の向こう側は明るく見える「洞門」であるのに対して、旧潜戸は奥が見えない黄泉の世界の境界線のような「洞窟」だ。

 

 

加賀の潜戸  新潜戸

 

佐太大神、加賀潜戸、猿田彦命

 

 

出雲風土記では、このように書かれている。

 

“郡家の北西二十四里一百六十歩の所にある。佐太大神のお生まれになった所である。御母である神魂命(かみむすび)の御子、支佐加比売命(きさかひめ)が「暗い岩穴である。」とおっしゃって、金の弓をもって射られた時に、光りかがやいた。
【原文…光加加明きき】だから、加加という。〔神亀三年に字を加賀(かか)と改めた。〕” 
        (島根県古代文化センター編 『解説 出雲風土記』 今井出版)

 

 

加賀の潜戸  旧潜戸(きゅうくけど)

 

佐太大神、加賀潜戸、猿田彦命

 

 

参考文献  『島根町誌 本編』(島根町教育委員会発行 1987年)

 

続く