今は、寂しく「西楽々福神社」の社号標が道路に残っています。現在、神社は廃絶、東の楽々福神社に合祀されております。少なくとも、江戸時代末までは、「大社」として、立派な神社であったことが想像できます。社家 入澤氏は物部氏の末裔旧・溝口町の楽々福神社の神主家芦田氏が、物部氏の原型たる穂積氏の末裔であること...

生山の地生山(しょうやま)の地は、鳥取県の地名です。現在の正確な地名は、「鳥取県日野郡日南町生山」です。日野川が、大きく西側に曲がる場所であり、南の石見川と日野川が合流する場所です。日野川をここから西に行くと、東西の楽々福神社(江戸時代は大社)につながる街道であり、南に行くと、大国主命の2度目の復活...

伝承地を歩く

鬼神神社  島根県仁多郡奥出雲町大呂2058ここの鬼神(おにがみ)神社の名称は、『雲陽誌』(1717年)にすでに載っています。江戸時代の半ばにはこの名前だったのです。『古事記』『日本書紀』に描かれる、スサノオノミコトの八岐大蛇(ヤマタノオロチ)退治で有名な鳥髪山(現在の船通山)の麓にある神社です。八...

日野川流域日野川(ひのがわ)樂樂福神社(ささふくじんじゃ)の分布を見ると、日野川流域に集中していることがわかります。日野川下流域には、古来より集落が栄え、弥生時代を通じて鉄器がよく出土していた地域です。古代から近世までずっと、砂鉄からの製鉄が盛んな所でした。樂樂福神社の分布ささふくとは?一説によれば...

『紀氏譜記』の記述伯耆国(鳥取県西部)の紀氏の末裔である進家の伝承などが記された『紀氏譜記』(1761年)には、孝霊天皇の鬼退治伝承も書かれています。伯耆国の紀氏伯耆国の紀氏として進氏以外にも相見氏、巨勢氏などが勢力をもっていました。伯耆の紀氏後裔氏族『日吉津村 下巻』より通説では、伯耆国の紀氏は平...

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島根県松江市に内(うち)神社があります。『出雲国風土記』(733年)にも「宇智社」(うちのやしろ)として載っている古社です。奈良県にも同名の神社、宇智神社(奈良県五條市今井町4丁目)があります。この神社もまた式内社であり古社です。奈良の宇智神社は、元々は、「内臣」(うちおみ)の氏神を祭る神社だったの...

そもそも 古代出雲

高照姫命とは?下照姫命は、阿遅鉏高彦根命(あぢすきたかひこねのみこと)の妹神としてよく知られています。しかし、高照姫命(高照光姫とも書く)は、どうかと言うと知らない人が多いです。「たかてるひめのみこと」と読みます。実は、事代主命の妹神です。『先代旧事本紀』の記述『先代旧事本紀』には大己貴命の娘神とし...

そもそも 古代出雲

初期ヤマト王権と出雲族のつながりはあったのか?「日本書紀」や「古事記」には、国譲り神話を書く片方で、出雲の事代主命が関係した豪族が初期ヤマト王権を支えてきたことも書かれています。だから、出雲VS大和の構図だけで、歴史を見ると何かとんでもないことを述べているように思われますが、「国譲り神話」は、ヤマト...

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美保神社の社殿は、「比翼大社造」と呼ばれる本殿が二つ仲良く並んだ美しい姿です。公式的には、事代主命と義理の母である三穂津姫命を祭っていると言われます。しかし、元々そうだったのでしょうか。美保神社の祭神の歴史を探ってみます。美保神社の現在の祭神 美保神社 島根県松江市美保関町美保関608事代主命系 え...

そもそも 古代出雲

出雲地方には、四つの「大神」の称号のついた神様が登場します。出雲四大神はどういう神か?その出雲四大神は、①野城大神(のぎのおおかみ)②熊野大神(くまののおおかみ)③佐太大神(さだのおおかみ)④所造天下大神(あめのしたつくらししおおかみ)『出雲国風土記』(733年)に登場する4柱の神様を言います。記紀...