古代出雲への道

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自然石を神霊が宿ると考えて祭祀対象とする巨岩を磐座(いわくら)と言います。また同じような言葉で、磐境(いわさか)という言葉があります。磐座と全く同じ意味であるという説もありますが、磐境は、人の手が加わったもので磐座とは違うという説もあります。ここでは磐境(いわさか)を考察していきます。磐境とは『岩波...

そもそも 古代出雲

出雲大社から辰巳(東南)の方向に、歩いていくと出雲井社(いづもいのやしろ)が鎮座しています。4月の上旬に参拝すると、桜の花が満開です。ここの神社の説明板が出ています。出雲大社 摂社出雲井社(出雲路社)御祭神 岐神 (くなどのかみ)由緒勇武にして地理に明るく大国主命大神が`国譲り'の際、大神の...

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美保神社の社殿は、「比翼大社造」と呼ばれる本殿が二つ仲良く並んだ美しい姿です。公式的には、事代主命と義理の母である三穂津姫命を祭っていると言われます。しかし、元々そうだったのでしょうか。美保神社の祭神の歴史を探ってみます。美保神社の現在の祭神美保神社 島根県松江市美保関町美保関608事代主命系 えび...

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奥出雲町のホームページを見ていたら、興味深い造形の神社が載っていました。いわゆる木造の建築物の神社でもなく、何か石の板が組み合わさった石が御神体のようです。鯛の巣山に登った後、その川子神社を参拝しに行きました。また、山を登った中腹にあるのかと思ったら、自動車ですぐ行ける場所で川子原公会堂という建物の...

伝承地を歩く

『島根県口碑伝説集』(昭和2年 島根県教育会 編)に、島根県仁多郡阿井村(現在 奥出雲町阿井)の伊弉冉尊(イザナミノミコト)の神跡が載っています。この地域は、備後国(以前は吉備国であり、分かれた国)との境界に位置する場所です。仁多郡阿井村には、神代に因む地名が少なからず現存して居る。奥内谷には夫婦掘...

伝承地を歩く

鳥取県と島根県との境に位置する御墓山(758m)は、イザナミノミコトの御陵である比婆山の候補地のひとつです。孝霊天皇の行幸第7代天皇がお墓山をたずねた伝承もあるようです。御墓山の道路標示ここから自動車ですぐのところに、砥波(となみ)の「楽々福神 足洗池」の伝承地に着きます。説明版はありますが、もう池...

先に孝霊天皇の鬼退治(3) 生山・皇女福姫の生まれた山で、孝霊天皇の皇后・細姫命(「くわしひめのみこと」あるいは、「さいひめのみこと」)が、生山で福姫命を出産したことを述べましたが、日野川の半ば程にある菅福神社には、また別の伝承があります。菅福神社(すげふくじんじゃ)の伝承菅福神社 鳥取県日野郡日野...

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仁多郡の三澤郷阿遅須伎高日子命(あじすきたかひこのみこと)の伝承地である仁多郡三澤郷、現在の仁多郡奥出雲町に訪ねました。まずは、その伝承が書かれた『出雲国風土記』(733年)の記事です。三澤郷(みざわごう)。郡家の西南二十五里の所にある。大神大穴持命の御子、阿遅須伎高日子命(あじすきたかひこのみこと...

今は、寂しく「西楽々福神社」の社号標が道路に残っています。現在、神社は廃絶、東の楽々福神社に合祀されております。少なくとも、江戸時代末までは、「大社」として、立派な神社であったことが想像できます。社家 入澤氏は物部氏の末裔旧・溝口町の楽々福神社の神主家芦田氏が、物部氏の原型たる穂積氏の末裔であること...

生山の地生山(しょうやま)の地は、鳥取県の地名です。現在の正確な地名は、「鳥取県日野郡日南町生山」です。日野川が、大きく西側に曲がる場所であり、南の石見川と日野川が合流する場所です。日野川をここから西に行くと、東西の楽々福神社(江戸時代は大社)につながる街道であり、南に行くと、大国主命の2度目の復活...

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