そもそも 古代出雲

はじめにここでは、主に中国地方で盛んにおこなわれている、藁で作った蛇を神木に巻きつける荒神について述べます。小さな集落ごと、あるいは近接の合同の集落で祀られるので、様々な祭祀のやり方があり、一概にこのように行なうものとはいい切れません。主に島根県東部、鳥取県や岡山の荒神について述べていきます。なお、...

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『出雲国風土記』(733年)の地名起原に古代豪族 物部氏の祖神が登場する。その祖神は、饒速日命ではなく、経津主神(ふつぬしのかみ)である。(布都努志命とも言う。)国譲り神話の稲佐の浜に登場する神の一柱だ。その神は、東部の意宇郡(おうぐん)の二つの郷に登場する。楯縫郷〝楯縫(たてぬい)郷郡家の東北三十...

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年神(歳神)と聞くと、正月に各家々に来訪する福をもたらす神のように思われている。しかし、『古事記』(712年)に書かれている大年神(大歳神)の系譜や昭和時代までに残ってきた習俗を調べてみると、単純に1年の時間の単位神ということではなく、多様な意味をもった神だとわかる。年は、穀物のことまずは、大年神の...

そもそも 古代出雲

上の写真は、島根県安来市に流れる飯梨川。大国魂神の概略大国魂神 (おおくにたまのかみ)は、奈良県天理市の大和(おおやまと)神社の祭神であり、「日本大国魂大神」「倭大国魂大神」(やまとおおくにたまのかみ」とも呼ばれている。そして、日本の大地主神とされている。現在の大和神社は、本殿3殿並立になっており、...

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磐座神社の古い形態は、磐座(いわくら)であったと言われている。いつも神様は、神社の御本殿にある御神体にやどっておられるものだと考えがちであるが、神は一つの物や場所に固着せずに漂い移動し、招きに応じて樹木や巨石、枝などに依りつくものだと古代から思われてきた。山自体がご神体ということがある。その山の巨岩...

『古事記』には、大国主命の2度目の受難伝説が書かれていました。大国主命は、八十神(異母兄弟たち)に手間山で殺されるものの、カムムスヒの神に救われ、生き返りました。しかし、それを知った八十神は怒って、今度は大きな木を切り倒すと、木に縦に切れ目を入れて、くさびを打ち込みました。すると、木にできた隙間に大...

鳥取県の西部にある手間要害山の麓の南側にある「倭」から、大国主命が「出雲国だけは守る。」と言った伝承地─安来市伯太町の青垣山が、すこぶる近いということがわかります。伯耆国と出雲国の道は、手間關のある官道しか『出雲国風土記』には記載がないけれども、実際にはいくつかの伯耆国とつながる道があり、その境界が...

手間要害山の周りの地名や神社を見て回るとたいへん面白いことに気づきます。南には手間要害山を取り囲むように、賀茂神社が3つあります。それから、西南に「倭」の地名、それから倭姫命を祭神とする高野女神社に由来する「高姫」の地名、そして南西の下側に「鴨部」の地名、それから想像することは、大和の賀茂族です。ひ...

赤猪石の伝承赤猪岩とは、八十神が赤い猪だと言って大国主命をだました赤く焼けた岩です。江戸時代の末期に書かれた安政5年の『伯耆志』(1858年)には、赤猪岩(文章中では赤猪石なので以後「赤猪石」の語句を使う。)の様々な伝承が書かれています。赤猪石と思われる石は、一つではなくさまざまな場所にあったようで...

『古事記』(712年)の稲羽のシロウサギとワニの話には続きがあります。因幡のシロウサギのを助けた大国主命は八上姫と結ばれます。しかし、それをねたんだ八十神(やそがみ)にねたまれ、出雲に帰る途中、あろうことか伯耆にある手間山の麓で、殺されます。八十神たちは、大きな赤い猪を坂の上から追い込むから、下で待...