今は、寂しく「西楽々福神社」の社号標が道路に残っています。現在、神社は廃絶、東の楽々福神社に合祀されております。少なくとも、江戸時代末までは、「大社」として、立派な神社であったことが想像できます。社家 入澤氏は物部氏の末裔旧・溝口町の楽々福神社の神主家芦田氏が、物部氏の原型たる穂積氏の末裔であること...

生山の地生山(しょうやま)の地は、鳥取県の地名です。現在の正確な地名は、「鳥取県日野郡日南町生山」です。日野川が、大きく西側に曲がる場所であり、南の石見川と日野川が合流する場所です。日野川をここから西に行くと、東西の楽々福神社(江戸時代は大社)につながる街道であり、南に行くと、大国主命の2度目の復活...

日野川流域日野川(ひのがわ)樂樂福神社(ささふくじんじゃ)の分布を見ると、日野川流域に集中していることがわかります。日野川下流域には、古来より集落が栄え、弥生時代を通じて鉄器がよく出土していた地域です。古代から近世までずっと、砂鉄からの製鉄が盛んな所でした。樂樂福神社の分布ささふくとは?一説によれば...

『紀氏譜記』の記述伯耆国(鳥取県西部)の紀氏の末裔である進家の伝承などが記された『紀氏譜記』(1761年)には、孝霊天皇の鬼退治伝承も書かれています。伯耆国の紀氏伯耆国の紀氏として進氏以外にも相見氏、巨勢氏などが勢力をもっていました。伯耆の紀氏後裔氏族『日吉津村 下巻』より通説では、伯耆国の紀氏は平...