そもそも 古代出雲

阿陀加夜努志多伎吉比売命を祭る多伎神社 島根県出雲市多伎町多岐639番地阿陀加夜努志多伎吉比売命(アダカヤヌシタキキヒメノミコト)という女神が、『出雲国風土記』(733年)に登場します。古書や、神社の伝承に、阿陀加夜努志多伎吉比売命は、下照姫命だと書いてあるものがあります。その根拠となる書物を探索し...

そもそも 古代出雲

島根県東部の出雲地方には、大国主命の御子である下照姫命(したてるひめのみこと)を祀る神社はありますが、下照姫命にまつわる神社の伝承はほとんどありません。しかし、鳥取県の西部地方である伯耆には、下照姫命が天若彦命(天稚彦とも書きます。)と一緒に住んだ所や、東に移動して一生を終えた所の神社伝承もあります...

そもそも 古代出雲

出雲地方には、四つの「大神」の称号のついた神様が登場します。出雲四大神はどういう神か?その出雲四大神は、①野城大神(のぎのおおかみ)②熊野大神(くまののおおかみ)③佐太大神(さだのおおかみ)④所造天下大神(あめのしたつくらししおおかみ)『出雲国風土記』(733年)に登場する4柱の神様を言います。記紀...

そもそも 古代出雲

火明命を祖とする天孫族と出雲族は最初から親戚だったというのが今回のテーマである。国譲り神話が頭に染みついている人には、理解に苦しむ話だ。まず「ホアカリ」と聞いて、どんな神様か気がつく人はあまりいない。漢字で書くと、「火明命」「天火明命」だ。記紀神話では、ニニギノミコトの息子の中の一人として登場してほ...

そもそも 古代出雲

野見宿禰(のみのすくね)とは?『日本書紀』垂仁天皇の項に書かれています。簡単に述べますとこうなります。第11代天皇・垂仁天皇の時代の人物で、ヤマト王権に出雲国から呼び出され、日本で初めて相撲をとり、勝利し、相撲の元祖、神様と呼ばれるようになった人物です。また、垂仁天皇の皇后が亡くなられた際に、野見宿...

そもそも 古代出雲

伊努神社 島根県出雲市美野町382 祭神 天甕津日女命天甕津日女命(あめのみかつひめのみこと)は、『出雲国風土記』においては、出雲の祖神ともいうべき八束水臣津野命の子である赤衾伊努意保須美比古佐倭気命(あかぶすまいぬおおすみひこさわけのみこと)の御妃で登場する。また『尾張国風土記』(逸文)においては...

そもそも 古代出雲

上の写真は、島根県安来市に流れる飯梨川。大国魂神の概略大国魂神 (おおくにたまのかみ)は、奈良県天理市の大和(おおやまと)神社の祭神であり、「日本大国魂大神」「倭大国魂大神」(やまとおおくにたまのかみ」とも呼ばれている。そして、日本の大地主神とされている。現在の大和神社は、本殿3殿並立になっており、...

そもそも 古代出雲

高照姫命とは?下照姫命は、阿遅鉏高彦根命(あぢすきたかひこねのみこと)の妹神としてよく知られています。しかし、高照姫命(高照光姫とも書く)は、どうかと言うと知らない人が多いです。「たかてるひめのみこと」と読みます。実は、事代主命の妹神です。『先代旧事本紀』の記述『先代旧事本紀』には大己貴命の娘神とし...

そもそも 古代出雲

古代史の本には、「出雲族」(いずもぞく)という言葉がでてきますが、その言葉の使われ方は、バラバラだと思います。だから、その出雲族が何かという前提を踏まえて本を読まないと混乱します。出雲族とは?出雲族については、下記のような言葉の使われ方があると思います。一般的には、①から⑤の使い方が多いようです。①...

そもそも 古代出雲

五十猛命(いたけるのみこと)とは?五十猛神社  島根県大田市五十猛町2349−1五十猛命と書くので、現代には「いそたけるのみこと」と読まれたりもしますが、奈良時代には、「五十」は「い」と読んでいましたので、「いたけるのみこと」です。『日本書紀』の記載には、4つのことが書かれています。1.素戔嗚尊の御...

そもそも 古代出雲

『日本書紀』に出雲神宝事件が書かれています。出雲王国の崩壊とヤマト王権への追従を表わしているという歴史家もいます。その出雲の神宝とはなんだったのでしょうか?出雲神宝事件とは?『日本書記』巻五の崇神天皇の項に書かれています。これは、古墳時代前期頃(あるいは弥生時代末期)と考えられているようです。概要第...

そもそも 古代出雲

日本の民俗学の祖ともいうべき柳田国男(1875年~ 1962年)氏の『石神問答』(1910年)には、「くなどの神」と同じような信仰もつ様々な石神の性格が述べられています。平安時代の式内社における佐久(さく)の名前がついた神社がありますが、この本の中で、柳田氏は、「佐久」も「くなど」も同じ意味であると...

そもそも 古代出雲

和加布都努志命(わかふつぬしのみこと)という神が『出雲国風土記』には登場します。現在も、大国主命の御子神の中で唯一出雲大社本殿に祀られている神です。和加布都努志命とは?簡単にまとめますと、『出雲国風土記』(733年)では、美談郷(みたみごう)、大野郷(おおのごう)の2か所に登場する。現在では、農耕や...

そもそも 古代出雲

出雲大社から辰巳(東南)の方向に、歩いていくと出雲井社(いづもいのやしろ)が鎮座しています。4月の上旬に参拝すると、桜の花が満開です。ここの神社の説明板が出ています。出雲大社 摂社出雲井社(出雲路社)御祭神 岐神 (くなどのかみ)由緒勇武にして地理に明るく大国主命大神が`国譲り'の際、大神の...

そもそも 古代出雲

初期ヤマト王権と出雲族のつながりはあったのか?「日本書紀」や「古事記」には、国譲り神話を書く片方で、出雲の事代主命が関係した豪族が初期ヤマト王権を支えてきたことも書かれています。だから、出雲VS大和の構図だけで、歴史を見ると何かとんでもないことを述べているように思われますが、「国譲り神話」は、ヤマト...

そもそも 古代出雲

はじめにここでは、主に中国地方で盛んにおこなわれている、藁で作った蛇を神木に巻きつける荒神(こうじん)について述べます。小さな集落ごと、あるいは近接の合同の集落で祀られるので、様々な祭祀のやり方があり、一概にこのように行なうものとはいい切れません。主に島根県東部、鳥取県や岡山の荒神について述べていき...

そもそも 古代出雲

年神(歳神)と聞くと、正月に各家々に来訪する福をもたらす神のように思われている。しかし、『古事記』(712年)に書かれている大年神(大歳神)の系譜や昭和時代までに残ってきた習俗を調べてみると、単純に1年の時間の単位神ということではなく、多様な意味をもった神だとわかる。年は、穀物のことまずは、大年神の...

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